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ストリップに助けられた日

某アイドルライブ後のヲタ反省会にてタイガーさん(仮名)がストリップの推しの話をしているのを横で聞いていた。
自分は”アニオタ”という名前を名乗っているが実際のところサブカル界隈の人間であり、サブカル者としてストリップは避けて通れない道であった。なのでストリップに対する漠然とした憧れは以前からあった。
 
個人的な話で恐縮だが、近年ココロの調子を崩しており、癒しとココロの休息であったはずの趣味を全く楽しめなくなっていた。特に音楽が楽しめなくなったのはつらかった。
 
この時のタイガーさん(仮名)の話のおかげで自分の中で「ストリップを見に行きたい」という新たな欲求が首をもたげてきた。
人生でまだやり残したことがあるんじゃないか?
それをやらなかったら後悔するんじゃないか?
という想い(大げさ)とともに、上記のようにいつかはストリップと対峙しなくてはならない運命も感じていた。
しかし、ココロの不調で仕事以外家を出ない、半引きこもり生活に突入し、切っ掛けを掴めないまま1年の歳月が流れた。
 
 
──某月某日。万全とはいえないものの、週末出かけられるくらいには精神的に回復していた。
用事も済んで駅前で適当にメシでも食べて帰ろうとメシ屋を探している時にふとストリップ劇場の看板が目に入った。
 
俺「ストリップ劇場、こんな所にあったんだな・・・」
(入ってみる?)*1
俺「結構人通り多いからちょっと入りづらいな・・・」
(そんなの誰も見ないし誰も気にしてないよ)
俺「まだココロの準備が・・・」
(でも今を逃したら次はないんじゃない?)
俺「とりあえず一旦お茶飲んで考えるよ・・・」
(今日が対峙する運命の日なのでは?)
俺「んーーーーー・・・」
 
自問自答しながら劇場の前を何度か行ったり来たりした後、覚悟を決めて劇場に飛び込んだ。
 
 
 
扉を開けて目に飛び込んできたのはわずか数m先のステージ上で繰り広げられる非日常的な光景だった。
 
音楽に合わせ着ている衣装を自由に操る靭やかな舞、
 
滑らかな指先の表情、
 
スポットライトに映し出される肢体、
 
ポーズを決めるたびに沸き上がる客席の拍手に思わず顔がほころんだ。
 
 
「あっ、これ面白いわ。」
 
 
眩しいばかりの照明の下で全てを曝け出す女性の生き物としての強さに圧倒され、ただただステージを眺めていた。
自然とココロに染み込んでくる音楽。天高く突き上げられた踊り子さんの脚に全力で拍手を送るたびに感極まってなんだか涙が溢れてくる。
 
なんだこの感覚。
 
演目のクライマックスに向かっていく踊り子さんの一挙手一投足を見逃さないよう、固唾を呑んでステージを注視する。
これほどまでステージに眼と耳を奪われたのはいつの日以来か。
 
「なんだか分からないけどすごい」
 
感想を言語化しようと思うが、気持ちと裏腹に語彙力はどんどん低下し、とにかく「すごい」としか言えなくなっていた。
 
 
最後に出てきたのが夢乃うさぎさん。黒髪ストレートのポニーテールが特徴的なスラッとした踊り子さん。
演目は「Philip」。
 
──やられた。メチャクチャカッコいいし演目の選曲もいい。
 
手足が長く、軌道がきれいで動きがキビキビしている。
何か物憂げな表情(黒カラコン効果もあるが)、シャープな顔立ち、靡くポニーテール。全てがカッコよく見えた。もちろんエロさもあるけど、自分はカッコよさの方に惹かれた。
撮影タイムになると一転、思ってたよりトーンの高い声にビックリした。そして無邪気な表情で客をいじっては屈託なく笑う。これが同じ子なのか・・・。
この踊り子さんはもう一回見たいな、と思わされた。
 
帰路につき今日の出来事を反芻する。楽しかった思い出しかないのは当然ながら、いつもココロの奥底に付きまとっていたモヤモヤがきれいさっぱり消え去ってしまい、とても清々しい。
あれ?何がつらかったんだっけ?えっと…覚えてないや。

 

そして夢乃うさぎさんを推すことに決めた。
夢乃うさぎさんの演目を見なければ「今日は楽しかったな」だけで終わっていたかも知れない。
 
 
 

 
 
 
帰宅後、夢乃うさぎさんのnoteを見つけて読んでいた。
ストリップって、音楽ありきじゃないですか。やっぱり。
 
肉体美や踊り子のキャラクターも大事だと思うんですが、やっぱり演じてる演目が全てというか。
 
ステージいいなって思ったらポラ買いに行ったり感動したりチップ渡したりレポート書いてみたりする訳じゃないですか。
 
そんなステージの何割かを占める要素が音楽だと思うんです。

ここんとこライブハウスに行けなくなったのは音楽が聞けなくなってしまったからだけども、演目で流れる音楽は抵抗なくスッと入ってきた。音楽だけではなかなかこうはならなかったと思う。
 
聞いたことない曲はもちろん、聞いたことある曲も「ああ、こんないい曲だったんだなぁ」と今更ながらその良さに気付かされた。
 

文化的ストリップのユーザー(って言葉ではない気がするけど)って、おそらく30代後半〜50代後半くらいが多いと思うんです。前提として、それより若くてもお年を召されてても関係ないとは思うんですが。

やっぱり、そのくらいの年代の方って、ブームや新しいものの摂取が少ないと思うんです。貪欲じゃないというか、メモリ残量的な話なのか、意欲の低下なのか。(嫌な気持ちになった方がいたらすみません)

 
自分にとって音楽とは『現場で体験を伴って感じるもの』であったので、TVやラジオ、サブスクリプションなどから流れる音楽を軽視して積極的に聞いて来なかったが、そんなのはただの天邪鬼で古い考えに凝り固まった偏屈オヤジでなんの自慢にもなりゃしない。
 
「サブスクは一生解禁しない」と公言している達郎だって、自分自身はサブスクで最新の流行曲をチェックしているじゃないか。

自分では同年代と比べても音楽を聞いてきているつもりだったが、それはニッチな場所を深く掘っていただけに過ぎず、気がついたら自分の周りは知らない音楽ばかりになっていた。これではダメだと思った。
 

音楽って凄くて、人を救ったり変えたり、支えてくれたり、時代に寄り添ったり、昔を思い出したり、夢を見たり与えたりするじゃないですか。

歌ってる本人、アーティストにとってもそうだと思うんです。

 
推しの言葉に後押しされ、音楽に対する以前の熱が戻ってきた。俺はストリップに助けられた。
・お客様が、現代の音楽について興味を示してくださって、解説したり、お気に入りの曲を教えたりしている時
 
まさに今の自分がそうなのかもしれない。
 

 

iPhoneに音楽を詰めてまた音楽聞ける日常が戻ってきた。

ありがとう。愛してる!

 
 
 

 
 
 
ストリップ劇場は年々減ってきていて現在日本にある劇場はわずか18軒(2022年6月現在)だという。劇場はもちろんのこと、踊り子さんもその踊り子さんの演目も、いなくなったらもう二度と見られない*2。基本は演劇と同じなので公演しているその時その場所に見に来て目と耳に焼き付けるしか無い。
 
行きたかった、と言いながらも実は若い頃に1度だけ行ったことがある。社員旅行先で会社の先輩たちと行ったストリップ劇場にはまだ本番生板ショーがあった。昼間ワイナリー見学をしたのを覚えてるので石和OS劇場か信州ロック座(ともに閉館済み)のいずれかであったのであろう。自分の世代の人間にとってストリップと言えばこの時代の記憶が根強いし、若い世代にも少なからずそのイメージが伝わってる。
 
日本のストリップは風営法の名のもとにガチガチに制限を掛けられた結果、歪なエンターテインメントとして独特の進化を遂げているように思う。器だけそのままに、昔のスタイルとは全く異なる、エンターテインメントにステータス全振りしている『現代のストリップ』が出来上がっている、と、ン十年ぶりに見たストリップを見て感じた。
 
女性客も毎回確実にいて女性人気も高いとのこと。これは確信を持って言えることだけど、女ヲタが行く現場が面白くないワケがないのだ。
 
 
近いうちに誰か一緒に行きましょう。楽しいですよ。

*1:天使の声でお読み下さい

*2:下の代に引き継がれる演目もあるという